本作発表後、サードアルバムを発表したのはなんと21年後の1995年。しかもその作品、プロデューサーは日本人だったんですね。Yoshio.J.Makiさんという方。ご本人のサイトもありました。それによるとMakiさんとセヴリンはなんと"Grove School of Music"時代の学友とのこと。推測ですが、1993年にMakiさんがアルバムを発表した際にセヴリンがデュエットで参加したことから、このサードアルバム制作に発展したのでは…と勝手に想像してます。このサードアルバムにはジャクソン・ブラウンも参加。Makiさんによると、恐らくブラウン兄弟のデュエットはコレが初めてだったのでは?とのこと。
間の25年、他人に曲を書いたりして、生計を立てていたみたいですね。以下、彼のサイトから引用しておきます。
After leaving Motown in the mid-seventies, Severin spent his time writing and performing in the Los Angeles area, where his songs were recorded by Thelma Houston, Patti Dahlstrom, Colin Blunstone, Twiggy, The Dillards, and Pamela Stanley, who had a Billboard #15 hit with Severin’s “I Don’t Want To Talk About It.”