デヴィッド・ボウイ、本当にスターマンになってしまいました・・・。
私と洋楽との出会いは小学6年生の頃。後追いですが、モンキーズやら、ビートルズやら、どちらかというと60年代ポップス中心に洋楽を聴き漁り、そんな中の1枚に「Starman」がありました。
中学時代の同級生に、いわゆる不良の友達がいて、その彼が洋楽フリークでした。彼の容姿はデヴィッド・ボウイを真似るようになってきて・・・、当時は本田恭章や中川勝彦(しょこたんの父親)なんかが人気があり、洋楽を知らない人は、彼らの真似と思っていた筈ですが・・・、ちなみに本田恭章等はジャパンの影響を受けていたと思われますが、ジャパンは当然ながらデヴィッド・ボウイの影響を受けていた筈なので・・・。
そしてもちろんその彼はボウイの音楽を好んでました。誰も彼には近寄らない中、なぜか音楽という共通項から、私は彼からボウイの「Starman」という楽曲を教えてもらい、早速シングルを購入。この曲ばかりを聴いてました。

アコギのカッティングから始まるこの曲、その響きが実に怪しげです。曲はマイナー調で始まり、サビは思いっきりストリングスで哀愁漂うメロディを煽り、歌詞(子供たちをブギーで踊らそう!)の通り、サビに続くブギー調のギターが堪らなくカッコいい!このブギー調のギターはエンディングでも素晴らしいソロを聞かせてくれますね(ちなみにギターはミック・ロンソン)。
中学時代はポップスしか、ほとんど興味を示さなかった私も、この「Starman」は大好きでした。
この当時のボウイの音楽はグラムロックと呼ばれており、T.レックスと人気を2分しておりました。
でも私がリアルタイムで洋楽を聞いていた頃のボウイは、そういった音楽ではなく、ファンクの色合いが濃い音楽、そう「Let' Dance」が流行っていた頃でした。
ボウイは元シックのナイル・ロジャースをプロデューサーに迎えて大胆なファンクを聞かせてくれました。MTV全盛期でもありましたね。懐かしい。1983年です。
この頃、同アルバムから「China Girl」なんてヒット曲もありました。当時は結構好きな曲でした。
そういえば、この「Let's Dance」というアルバムには、クィーンと共演した「Under Pressure」っていう名曲も収録されてました。これは1981年に発表されていたものなんですが、クィーンとボウイの共演ということで大きな話題となりました。クィーンのベーシスト、ジョン・ディーコンのベースが強調された楽曲で、ジョンのソウルファンク好きが反映された1曲。この流れでクィーンは「Hot Space」っていう問題作を発表していきますし、ひょっとしたらボウイもこの影響から「Let' dance」を作ったのかもしれません。
しかしこの楽曲を聴くにつれ、改めてフレディ・マーキュリーもデヴィッド・ボウイもこの世にもういないという事実が、なんだか信じられないという思いが強くなりますね。
デヴィッド・ボウイはその音楽、ファッションのみならず、実は金融の世界にも影響を及ぼしております。1997年、彼の著作権やライブでの収益を担保とした債券を発行。その債券はボウイ債と呼ばれました。
(一介の金融マンである私にとっては、このボウイ債には多大な関心があります)
彼はミュージシャンというより、クリエイティブなアーチスト、そして稀有なビジネスマンだったのかもしれません。死の2日前に発表された最後のアルバム「★」は、私はまだ聴いておりませんが、じっくり聴いてみたいアルバムです。
そして本当にスターマンとなったボウイ。でもずっと空の上から僕らをブギーで踊らせてくれることでしょう・・・。R.I.P.
♪ There's a starman waiting in the sky ~
Let the children lose it
Let the children use it
Let all the children boogie ♪
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